概要

1957年

250 GT Cabriolet

ピニン・ファリーナは1957年のジュネーヴ・ショーで2座のスパイダーを展示しました。その1年前にも同じ会場でボアーノが同じようなプロポーザルを披露したばかりでしたが、ピニン・ファリーナが手がけた伝統様式に則った趣味の良いラインは、たちまち大きな評判となりました。

Ferrari 250 GT Cabriolet - 1957

Focus on

Ferrari 250 GT Cabriolet - 1957

最初の40台が製作されるたに続き、シリーズ2も作られます。スポーティ指向の250 GT スパイダー・カリフォルニアと差別化するためにカブリオレは落ち着いたスタイルに仕上げられ、トランクスペースも広く、室内も快適にしつらえられていました。生産は1962年まで続き、およそ200台が作られています。

続き

The Story

1950年代の終盤までに、フェラーリのスパイダーは数多くの成功を収めましたが、正式な折りたたみ式ソフトトップを備えるカブリオレの生産台数はそれほど多くはありませんでした。これらカブリオレの大半は50年代始めに造られたものであり、それ以降は、顧客のリクエストによるワンオフか、ショーに展示するデザインスタディが散発的に造られるに留まっていたからです。しかし1956年のジュネーヴ・ショーでカロッツェリア・ボアーノがシャシーナンバー0461GTに架装した250GTカブリオレを展示したことがきっかけになり、新しい時代が幕を開けました。フェラーリは生産計画のなかにカブリオレを取り入れるようになったのです。こうして1957年から1958年にかけてピニン・ファリーナデザインのカブリオレがシリーズ生産されることになります。

シリーズ1のボディは、当時生産されていた250GT “ボアーノ”と“エレーナ”クーペ同様、ホイールベース2600mmのシャシーに構築され、ティーポ508Cの社内コードネームが与えられました。すべてロードカー用の奇数のシャシーナンバーが打刻され、数字の最後にGTの文字が付けられています。全体の構造も、サスペンション、ブレーキ、操向系統などの主要コンポーネントも同時代のクーペに従って組み立てられたものです。

Ferrari 250 GT Cabriolet - 1957
Ferrari 250 GT Cabriolet - 1957

デザイン

ピニン・ファリーナが製作した初期のプロトタイプのひとつは、カブリオレというよりスパイダーと呼ぶほうが相応しいものでした。たとえば、シャシーナンバー0663GTに構築されたこのモデルには折りたたみ式の幌はなく、脱着可能なメタル製トノーパネルがパッセンジャー側に被さっています。プレキシグラス製の低いウィンドシールドにワイパーはなく、ドライバーのヘッドレストはこの時代のスポーツレーシングのように、そのままテールパネル一体化していたのです。

しかしながら、ピニン・ファリーナのデザインはこの上なくエレガントで、素晴らしくバランスがとれており、シャシーナンバー0725GTと 0751GTに架装した2台のクーペ“スペチアーレ”のスタイルとも一脈通じるものです。そのクーペ“スペチアーレ”がプロトタイプ・カブリオレの影響を受けていたことはまず間違いありません。プロトタイプ・カブリオレはヘッドライトにカバーがかかっているクルマが多数派でしたが、イタリア国内の灯火類に関する法規の変更にともない、後期型の一部にはオープンヘッドライトのクルマも散見されます。ライトの下には、ラバーを張った小型の縦型バンパーが備わります。このバンパーは、低く位置する幅広で奥行きの浅い格子パターンのラジエターグリルを左右から挟む格好となりました。フロントフェンダーから始まるラインは流れるようにドアへと至り、カーブを描きながらわずかにフィン形状をなすリアフェンダーを形成し、ボディに溶け込んだ三角形のテールライトへと収束していきます。

ピニン・ファリーナはこれらカブリオレでもデザインを統一化しようと試みましたが、同時期に製作されたクーペ同様、個々のクルマは顧客によりパーソナライズされていました。1958年のパリ・サロンに展示されたモデルでは縦長の小型バンパーが、全幅にわたるクロームメッキのバンパーに変わっています。

ボディ

製造過程ですが、ボディの製作と内装をピニン・ファリーナで仕上げた後、フェラーリに出荷されてメカニカルコンポーネントが組み込まれるという方式を採っています。プロトタイプを含めて40台が製作され、シャシーナンバーは0655GT から始まり1475GTにいたります。2台を除き、すべて左ハンドル仕様でした。

社内コードネーム128Cを付けられた、各バンクに1本のカムシャフトが走る3リッターV型12気筒エンジンは、同時代のクーペに搭載されたユニットとまったく同一で、ギアボックスとドライブトレーンもやはり共通です。

Ferrari 250 GT Cabriolet - 1957
Ferrari 250 GT Cabriolet - 1957

ディスクブレーキ

最初のプロトタイプ、シャシーナンバー0655GTは、アームレストになるようドライバー側ドアの上辺が切り欠いてあるのが特徴で、フェラーリのイギリス人ワークスドライバー、ピーター・コリンズが所有することになりました。イギリスに持ち帰ったコリンズは、ダンロップのディスクブレーキに換装するよう依頼し、ここからひとつの伝説が生まれます。イタリアに戻された同車からフェラーリが件のディスクブレーキを取り外し、250テスタロッサ・スポーツレーシングカーに取り付けてテストをしたのです。

フェラーリのエンジニアはその効果に驚くとともに大きな感銘を受けたのです。1959年の初頭には250テスタロッサのレーシングモデルにディスクブレーキが装着され、同年末には、4輪ディスクブレーキがすべてのフェラーリ・ロードカーの標準仕様となりました。

高精細「250 GT カブリオレ」の厳選ベスト・ショット。フォトギャラリーでは、この1957年型フェラーリ・モデルの細部および最も重要部分とともに車輌の際立つ特徴をお愉しみいただけます。

主要諸元

V12  エンジン